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東京地方裁判所 昭和41年(むのイ)530号 決定

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

一、本件忌避申立の原因の要旨は次の通りである。即ち、

被告人両名に対する頭書被告事件は、裁判長裁判官山岸薫一、裁判官長崎裕次及び同宗方武により構成する東京地方裁判所刑事第一六部の合議体で審理されているが、

1、同裁判所は昭和四一年六月一四日の第六〇回公判に於て、さきに第四九回公判期日で為した証人長崎クニ、同坂田平八、同細川長次郎、同饗庭忠三及び同木藤勉(いずれも弁護人申請)を各採用する決定をいずれも取消し、右各証人の採否を留保する旨、職権で決定した。

しかし右決定は、弁護人等の記憶にとどまらぬ程度に瞬時且つあいまいな表現で為されたため、弁護人等は同月二八日の第六一回公判閉廷直前に、前回公判において右決定のあったことを、裁判長に告げられて、はじめて気が付いた程であり、いわんや右決定に際し、意見を聴かれたことも、意見を述べる機会を与えられたこともなく、従って全然意見を述べていない。そこで、弁護人は同年七月一二日の第六二回公判に於て、弁護人の意見を聴かずに為された前記決定は、刑事訴訟法第二九七条第三項又は刑事訴訟規則第一九〇条第二項に違反するとして、異議の申立をしたところ、山岸裁判長は、右異議申立棄却決定を言い渡すに際し、「私は証拠調べの取消をし留保にするということは充分弁護人にそのことを申し伝えて意見を述べる機会を与えてああいう処置になったもの、法律に違反するところは少しもない」「機会を与えたけれどもそういう意見を述べられなかっただけです」と釈明した。しかし右釈明は、明らかに前記第六〇回公判の経過に反し、事実を曲げたものである。そのことは、検察官が、弁護人の前記異議申立に対する意見として、裁判所が意見を聞いたと主張せず、第六〇回公判に於て弁護人のした冒頭陳述中に、長崎クニを除く前記四証人の取調を求める部分があることを捉え、右冒頭陳述中に意見が織り込まれているから、異議申立は理由がない旨苦しい陳述をしていることによっても裏書される。裁判所が真実訴訟関係人の意見を聞いたとすれば、検察官も当然これに沿う意見を述べる筈であり、何も弁護人の冒頭陳述に仮託する必要はない。

山岸裁判長が前記のように法廷に於て顕著な事実を曲げる発言をし、長崎、宗方両陪席裁判官もまたこれに同調して、違法な前記決定を事実を曲げてまで適法であるとして強引に押し通そうとしているのは、右各裁判官が本件について予断偏見を抱いているためと解さざるを得ない。

2、弁護人等は、右第六〇回公判の冒頭陳述に於て、昭和三二年刑(わ)第一五一二、第一六四六、第二〇九四号各事件(東京経済関係事件)につき被害者を証人として取調べる必要のあることを強調した。ところが裁判所はこれに対する決定を留保しつつ、被告人質問に入るよう検察官及び弁護人を促し、第六二回公判に於て本件忌避申立を簡易却下し、弁護人等から口頭で即時抗告の申立を為した後も、訴訟手続を停止せず、被告人芳賀に対する検察官による被告人質問に入った。このように、裁判所が、従来からの本件審理経過に鑑みても明白な如く、審理促進に異常ともいうべき熱意を示していること、被告人質問は訴訟の最終段階に於て行われるのが通常であること、1記載の通り決定済の証人についてもこれを取消し留保としたこと等を併せ考えると、裁判所は右東京経済関係事件に関する限り、検察官の立証のみにより既に有罪であるとの予断偏見を有し、弁護人請求にかかる留保中の多数の証人全部を被告人質問終了後、一挙に却下するものと推測するに難くない。

3、以上の理由により右各裁判官からは、本件につき公平な裁判を期待するのは到底不可能であると思料するので本件忌避を申立てた。

というのである。

二、いわゆる東京経済関係事件(被告人芳賀に対する昭和三二年五月四日起訴同年刑(わ)第一五一二号、被告人山野井に対する同年五月一五日起訴同年刑(わ)第一六四六号、被告人両名に対する同年六月一七日起訴同年刑(わ)第二〇九四号各詐欺被告事件)の審理経過は、同事件の一件記録によると概ね次の通りである。

右各事件は、当初東京地方裁判所刑事第一七部の単独体に係属していたが、その後横浜地方裁判所に昭和三三年四月二日公訴提起された被告人芳賀に対する別件詐欺事件をも併合して一括審理され、途中裁判官の更迭を経た上、第三二回公判(昭和三七年一一月二九日)より刑事第一六部裁判官山岸薫一の担当となり、第四回公判(昭和三九年三月四日)に至って検察官の立証段階を終った(但し被告人の供述調書の採否は留保)。なお第四一回及び第四四回公判に於て当時の被告人両名の弁護人馬屋原成男から証拠調請求があり、書証全部と証人外山連が採用され、爾余の証人は却下された。

第四六回公判以後、本件は、山岸裁判官を裁判長とする前記一六部の合議体による審理となり、第四八回公判(同三九年六月二二日)に於て、それまで別途審理されていた被告人芳賀に対する詐欺被告事件(昭和二九年刑(わ)第四五二九号、昭和三〇年刑(わ)第二九四号事件及び昭和三五年刑(わ)第二〇七五、五四六四号、昭和三七年刑(わ)第五七二〇号事件)並びに被告人山野井に対する横領被告事件(昭和三六年刑(わ)第一九九〇号事件)及び詐欺被告事件(昭和三七年刑(わ)第六五八一号事件)が併合された。馬屋原弁護人は右公判に於て証人五名の証拠調請求を、第四九回公判(同三九年九月二一日)に於て書証及び証人一八名の証拠調請求をし、そのうち検察官不同意の書証並びに前記決定済の外山証人及び前回申請の証人中二名の申請を撤回した。裁判所は、右第四九回公判で検察官の同意のあった書証を取調べ、証人高橋和夫、古賀武、長崎クニ、坂田平八、細川長次郎、饗庭忠三及び木藤勉を各採用、次回召喚する旨決定、爾余の証人の採否を留保した。

然るに第五〇回公判期日(同三九年一〇月八日)には、右決定の証人中、古賀、坂田、細川、木藤の四名が出頭したが(饗庭証人は所在不明で送達不能)、被告人芳賀が病気で出廷できない為、同被告人の関係では公判期日外の尋問として古賀証人を取調べたものの、他の出頭証人については期日外尋問に切換えることにつき弁護人の同意が得られず、取調べが延期となり、その後同被告人の病気及び弁護人の辞任交代(同月一九日馬屋原弁護人辞任により被告人芳賀の弁護人が欠け、昭和四〇年二月一一日弁護士岡村大が一旦選任されたが、指定公判期日直前の同四〇年四月五日辞任)等の事由により審理は延々となり実質的審理に入らず、第五三回公判(昭和四〇年七月三〇日)に至り陪席裁判官が交代し、本件忌避の対象たる三裁判官に裁判所の構成が変更になったため、公判手続の更新に入った(なお本件申立人弁護人後藤昌次郎は同四〇年四月一三日選任され第五二回公判から出廷している)。しかしその更新手続は、裁判所と弁護人の意見の対立のため、第五九回公判(昭和四一年五月一〇日)まで継続された。(その間、山岸裁判長に対する忌避申立により、約七ヶ月に亘る審理中断があった。また右忌避事件の結了した頃被告人山野井の弁護人全員が辞任し、裁判所が一旦国選弁護人を選任した後の昭和四一年一月二七日に至り本件申立人司波実が被告人両名の弁護人として選任された。)

第六〇回公判(同四一年六月一四日)に於て、司波主任弁護人は、さきに馬屋原前弁護人が提出した昭和三八年一二月一六日付冒頭陳述書は陳述しない旨明らかにした上、改めて書面に基き冒頭陳述をすると共に証人五一名を申請した。裁判所は右申請中、川瀬亮之進、内田義夫、相磯新一郎、花村進、渡辺重雄、浜野吉男の六名を採用し、その余の採否を留保し、かつ右申請中に重複して含まれていた前記坂田、細川、饗庭、木藤の四証人については、第四九回公判における採用決定を取消し、当日申請分と併せて採否を留保し、前記長崎証人については同公判における採用決定を取消して採否を留保する旨の決定をした。

しかしその後弁護人の上申により内田証人及び花村証人は所在不明、渡辺証人は死亡、浜野証人は病気中であることが明らかかにされ、また相磯証人は病気(脳軟化後遺症)を理由に不参の届出をしたので、結局第六一回公判(同月二八日)に於ては、前記証人古賀武の尋問調書が被告人芳賀の関係で取調られたほか、証人川瀬亮之進、同高橋和夫の取調のみが行われ、証人渡辺重雄は撤回取消となった。

第六二回公判(同年七月一二日)に於て、弁護人申請の書証取調後、弁護人は、前記第六〇回公判において、裁判所が証人長崎クニほか四名につき先の採用決定を取消し留保決定をするに際し、弁護人に意見を求めずまた意見を述べる機会を与えなかった違法があるとして、異議を申立て、右異議が棄却されるや本件忌避の申立に及んだ。

三、そこで、第六〇回公判での証人長崎クニほか四名の採用を取消し留保する決定のなされた経緯及び右経緯につき第六二回公判で山岸裁判長が申立人主張の如き事実に反する発言をしたか否かにつき、前記一件記録及び当裁判所の事実調の結果に基き判断する。

第六〇回公判調書中の証拠関係カードの「意見又は異議の申立」欄には前記坂田、細川、饗庭、木藤の四証人の分にはいずれも「不必要」の記載があり、長崎証人の分には何等の記載がない。

右「不必要」の記載は、弁護人の請求に対する検察官の意見であることが明らかであるから、結局右採用決定を取消し採否留保の決定をするについての訴訟関係人の意見は、公判調書上何等記載がないことになる。しかし、もともと証拠調に関する訴訟関係人の意見は、公判調書の必要的記載事項でないし(刑事訴訟規則第四四条)、現に右証拠関係カードには、後記の通り証人川瀬亮之進ほか一〇名について検察官の意見陳述があったにも拘らず、その意見欄は空白になっている事実に徴しても、公判調書に意見が記載されていないからといって、直ちに「意見陳述がなかった」とか、あるいは「意見陳述の機会を与えなかった」と断定する訳にはいかない。

第六〇回公判調書と右公判に列席した裁判所書記官桧垣孝雄作成の陳述書及び裁判長山岸薫一作成の追加意見書を綜合すると、同公判期日の手続は次のように行われたと認められる。即ち、午前中には、司波弁護人による東京経済関係事件についての冒頭陳述及び証拠調請求、これに対する裁判所の釈明権の行使、弁護人の釈明、検察官の意見陳述(この際前記川瀬亮之進ほか一〇名については「然る可く」との意見陳述があったが、桧垣書記官は「然る可く」は、意見とはいえないとの見解を持っているので、これを証拠関係カードに記載しなかった)、尋問所要時間見込の開陳等に費されて後、休憩に入った。午后から再開後、裁判長は、同日請求の証人川瀬亮之進ほか五名を採用、その余は採否留保の各決定を宣した。然る後、山岸裁判長は、「先に採用した証人長崎クニ、坂田平八、細川長次郎、饗庭忠三、木藤勉は留保しますが」との趣旨を発言し、弁護人からなんらかの意見陳述があるものと期待したが、別段の発言がなかったので、右趣旨の決定をするについての訴訟関係人の意見陳述はないものと判断し、「それではそうします」と告げ、これに対し、後藤弁護人が「只今の、前の決定証人留保とは、尋問期日を決定しない意味かそれとも決定を取消し留保という意味か」と質問したので、裁判長は後者の趣旨である旨回答し、次回期日を告知閉廷した。

概ね以上のように認められるけれども、右長崎証人等の採用決定取消、留保の際の裁判長の発言内容を文字通り逐語的に厳密に再現することは、不可能である(同期日には速記官の立会はなく、又録音装置は使用したが、当日は前記の通り弁護人の冒頭陳述(書面に基く)その他手続のみに終始した関係上、立会書記官においては録音保存の必要を認めなかったので右期日の公判調書作成後、該テープを再使用したため、右六〇回公判の録音は残っていない)。しかしながら、後藤弁護人が「留保」の趣旨を質問した事実は、桧垣書記官の法廷手控に記入しているのであって(前記陳述書添付の手控のゼロックス2参照)、この事実からすれば、少くとも右取消、留保決定が、申立人主張のように「弁護人等の記憶にとどまらぬ程度に瞬時且つあいまいな表現で為された」ものでないことは疑いないところである。

ところで、一般に裁判所が公判廷で職権による証拠決定やその変更決定をする際、「かくかくの決定をするにつき当事者の意見を求める」と明言するならば、裁判所が訴訟関係人の意見を聞いていることは確かに誰の目にも明らかである。けれども、裁判所がその都度、杓子定規的に右のような発言をするほかには、意見を聞く方法は存在しないとするのは、現実の刑事法廷の慣行に照し妥当を欠く。どのような場合に意見陳述の必要があるかを熟知している検察官、弁護人の出席する法廷では、明示的でなくとも、黙示的に意見を求めたり又は意見陳述の機会を与えたと認められる場合が屡々ある。

本件においても、さきに認定した、前記証人採用決定取消、留保の経過によってみれば、山岸裁判長はまず「先に採用した証人……は留保しますが」との趣旨を発言し、裁判所においては、第四九回公判での長崎証人ほか四名の採用決定を取消し留保する意図のあることを告げて訴訟関係人の意見の陳述を待ったが、何らの意見陳述がなかったため、「それではそうします」と、右趣旨の決定をする旨を告げたものであって、訴訟関係人に対し黙示的に意見陳述の機会を与えていると認められるのである。

もっとも、右「留保しますが」との発言が、当日請求された証人の採否決定に引続き為された関係もあって、裁判所の意図なり趣旨が弁護人等に徹底しなかったのではないかと疑われるきらいもないではないが、しかしそれにしても前記のように後藤弁護人が「留保」の意味を確かめその際更に別段の発言もなかった事実に徴すれば、裁判長としては、少くとも裁判所の意図するところが弁護人に理解されたものと思料しても無理からぬところであるといわざるを得ない。

してみると、申立人等が主張する第六二回公判での前記異議申立に関する山岸裁判長の発言は、所論主張の如く、事実に反するものとはいえない。同公判における前記異議申立後の裁判長と弁護人との応酬につき、同公判調書(これは速記録を反訳したものである。)及び録音テープの当該部分によって裁判長の発言を検討してみても、その発言は、一貫して「明示的な語句を用いて意見を求めたことはない」「しかし取消留保の内容を告げて意見を述べる機会を与えているので、決定は適法である」との趣旨を出ないのであって、事実を曲げたと非難さるべき点は認められない。ただ右公判調書第一六丁には、裁判長の発言として「……それ(証人長崎クニ等)を調べないことにするについては何らかのご発言があるものかとも思いまして、その点はじゅうぶん『よろしゅうございますか』と、『そうしますが、よろしゅうございますか』と念を押して、その上でああなった。私はこのように記憶しているんです」との記載があるが、右は、その前後の同裁判長の発言及び録音に現れた激しい応酬の声調等に照らせば、既にそれ以前になされている山岸裁判長の「長崎証人等を留保にしますが」との発言には「それでよろしいか」という趣旨が含まれていたことを強調するため、興奮の余りなされたものと判断され、現実に「よろしゅうございますか」との発問をしたという趣旨に解するのは相当でない。

なお弁護人は、右異議申立に対する検察官の意見を根拠として云為するけれども、右意見の内容は要するに、予想される弁護人の意見は、実質上、弁護人の前記冒頭陳述に現われている以上には出でないことを指摘して、弁護人の前記異議申立が実質的に理由のないことを主張したものと解されるのであって、意見陳述の機会を与えたかどうかについては全く触れていないのであるから、前記判断を左右すべき性質のものではない。

四、裁判所が、弁護人申請の証人多数の採否未定の段階で被告人質問を実施しようとしたことは、申立人主張の通りである(前記桧垣書記官作成の陳述書によれば、第六一回公判の最後で、裁判長は次回に被告人質問に入る予定の旨を告げているし、事実、第六二回公判に於て忌避簡易却下決定後、検察官による被告人芳賀の質問が開始されている)。

しかしながら、本来被告人の供述は、それが任意に為される限り、起訴状朗読、黙秘権告知後においては、訴訟の何れの段階に於て求めても差支えなく、その時期の選択は裁判長の裁量に委ねられているのである(刑事訴訟法第三一一条)。実務上被告人質問を訴訟の最終段階で行う事例が多いのは、もし被告人の供述が自供であった場合、同法第三〇一条の趣旨を没却する結果となるのを避ける配慮に基くものであって、事件の具体的性格如何に拘らず同様の取扱を千篇一律に墨守すべき筋合でないことはいうまでもない。

本件に於ては、東京経済関係事件に関する限り、被告人両名共に犯罪の成立を全面的に否認しているのであって、第六二回公判の段階で被告人質問を行うことによりたやすく被告人に不利な心証を形成する弊害が生ずることは予想されないし、却って弁護人自身、既に前記第五三回以降の公判手続更新中に、証拠に対する意見弁解の形式で、被告人に対し事実につき、相当詳細な供述を求めているのである。以上の外に、なお弁護人が冒頭陳述後申請した証人中には、その申請以前に既に証人として尋問され又はその供述調書が取調べられている者が少くないこと、また第六一回公判の終了時点においては、既に採用決定された証人の全部が、当時喚問不能の状態にあった状況をも併せ考慮するときは、第六二回公判の段階で被告人質問を施行し、その結果をも考慮して爾後の証拠調の範囲を決定しようとするのも亦、審理を進める方法の一つとして充分首肯に値するところである。

他面また、前記の通り現任の弁護人が、改めて新たな立証方針に基き冒頭陳述を行い証拠調請求をした以上、前任の弁護人の請求に基いてした証拠決定を一応白紙に戻して、新らたな見地から証拠の採否を再検討して、従前と異なる措置を採ることも理由のないことではないから、裁判所が前記のように川瀬証人ほか五名を新たに採用し、既に採用された長崎証人外四名については、これを取消しその採否を留保したからといって、一概に右採用決定取消、留保の措置が被告人質問を施行する目的のみに出でたものと速断することができない。

裁判所が従来から訴訟の促進に熱意を示していることは、一件記録により容易に窺われるのではあるが、本件事案の性質、前記のような長期に亘る審理期間とその経過等に鑑みるときは、それは裁判所としてむしろ当然の配慮ともいうべきであり、申立人主張の第六二回公判における被告人質問施行をも考慮に入れても、未だ裁判の適正公平を犠牲にしてまで審理促進をはかろうとするほどに異常なものがあるとは到底認められない。

なお、裁判所が第六二回公判に於て本件忌避申立を簡易却下し、弁護人等の即時抗告申立後も引続き被告人質問を施行したとの点は、本件忌避申立後の事情であるのみならず、簡易却下決定に対し即時抗告の申立があっても、訴訟手続停止の必要はないのであるから、右即時抗告に対する抗告審の決定がなされていない段階において、簡易却下を正当と信ずる裁判所が右の如き措置を採ったからといって、非難さるべきいわれはない。

右の次第で結局、申立人が、裁判所が検察官の立証のみにより有罪の予断偏見を有し、被告人質問終了後弁護人申請の留保中の証人全部を一挙に却下するとの推測の根拠として主張している各事実は、いずれも右推測を理由あらしめるものとは認められず、右推測は、全く根拠のない臆測であると認めざるを得ない。

五、以上説明の通り、山岸裁判長の発言には申立人主張のように事実を曲げた点はなく、また被告人質問の施行も、所論のような予断偏見に基く不当なものとは認められないのであるから、所論三裁判官が不公平な裁判をする虞があるものとは認められず、本件忌避申立は理由がない。

よって本件申立を却下することとし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 足立勝義 裁判官 諸富吉嗣 加藤隆一郎)

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